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東京高等裁判所 昭和57年(ネ)1037号 判決 1983年2月08日

控訴人 松崎文郎

被控訴人 国

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は、控訴人の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金五一一五万九五七円及び内金三〇〇〇万円に対する昭和五五年一月二二日から、内金二一一五万九五七円に対する同年三月一日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  2項につき仮執行の宣言

二  被控訴人

主文と同旨

第二当事者の主張及び証拠

当事者双方の主張及び証拠の関係は、原判決事実摘示と同一であるから、これをここに引用する。

理由

一  訴外株式会社橘エージエンシー(以下「エージエンシー」という。)が、請求原因2項記載の競売事件において、本件土地を競落し、千葉地方裁判所から千葉地方法務局船橋支局(以下「船橋支局」という。)に対する登記嘱託により、同支局昭和五四年二月二一日受付第七八六三号をもつてエージエンシーのために競落を原因とする所有権移転登記がなされたこと、エージエンシーは、同年一月二五日、訴外株式会社栄木不動産(以下「栄木不動産」という。)に対し、代物弁済によつて本件土地の所有権を譲渡し、船橋支局同年二月二一日受付第七八六四号をもつて栄木不動産のために所有権移転登記がなされたこと、控訴人は、千葉地方裁判所に対し、エージエンシーに対する請求原因1項記載の貸金債権(ただし、昭和五三年一月一九日の貸金を金三〇〇〇万円として請求し、従つて、請求債権の合計は金六〇〇〇万円であつた。)を被保全権利として本件土地に対する仮差押命令を申請し、同年二月二一日、仮差押命令が発せられ、同裁判所の船橋支局に対する仮差押命令の登記嘱託が、同月二二日第八二八四号をもつて受付けられたが、本件土地につき栄木不動産への所有権移転登記がなされていたため、嘱託書記載の登記義務者の表示が登記簿と符合しないことを理由として、不動産登記法第四九条第六号の規定により右嘱託が却下されたこと、以上の各事実は、当事者間に争いがない。

二  控訴人は、船橋支局登記官が、エージエンシーから栄木不動産への本件土地の所有権移転登記に関し、登記義務者たるエージエンシーの所有権に関する登記済証の提出がないのに登記申請を受理して登記をしたのは違法である、と主張するので、まず、この点につき判断する。

1  成立に争いがない甲第一号証の一、第二号証の一、四ないし六、原審証人伊藤孝三の証言及び前記一の事実によれば、昭和五四年一月二五日付千葉地方裁判所による前記の競落によるエージエンシーのための所有権移転登記の嘱託は、同年二月二一日、登記権利者たるエージエンシーの代理人である司法書士佐瀬昭二郎が同裁判所の使者として登記嘱託書類を同支局に提出してなされたこと、その嘱託書の提出と同時に、代物弁済を原因とするエージエンシーから栄木不動産への所有権移転登記の申請が登記権利者(栄木不動産)及び登記義務者(エージエンシー)の双方の代理人である前記佐瀬昭二郎によつてなされたこと、前者の登記嘱託と後者の登記申請のいわゆる連件処理を求める意味で嘱託書及び申請書の右上部に1/6、2/6との実務慣例上の記号の記載がなされていること、船橋支局登記官は、エージエンシーのための所有権移転登記嘱託事件(同年二月二一日受付第七八六三号。以下「本件第一事件」という。)と、栄木不動産のための所有権移転登記申請事件(同日受付第七八六四号。以下「本件第二事件」という。)とをいわゆる連件処理として取扱つたこと、登記実務において、同一の不動産に対し、登記の目的、内容及び順序が相互に矛盾、抵触しない数個の登記申請が連続の事件として同時になされた場合には、「連件処理」の取扱いが行われ、例えば、甲から乙への所有権移転登記の申請と乙を設定者(登記義務者)とする丙のための抵当権設定登記の申請が同時になされた場合、前者を昭和五四年第一〇号で、後者を同年第一一号でそれぞれ受け付けて、これらについて「連件処理」の取扱いをするものとし、後者の登記申請書には、申請段階においては前者の登記が未了で、乙の所有権の登記の登記済証が不存在であるため、これを登記義務者(設定者)の権利に関する登記済証として添付されていないけれども、後者の登記手続をする時点では、前者の登記の登記済証が登記官の手元に存在することになるので、後者の登記申請の時点で前者の登記の登記済証の添付がなくても適法な登記申請として取り扱われていること、船橋支局登記官は、本件第二事件の登記申請の時点では登記義務者であるエージエンシーの権利(所有権)に関する登記済証が添付されていなかつたけれども、本件第二事件の登記申請を受理し、本件第一事件との連件処理のうえ登記をしたこと、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

2  ところで、登記を申請するには、登記義務者の権利に関する登記済証を提出することを要し(不動産登記法第三五条第一項第三号)、必要な書面等が添付されていないときは、即日補正されない限り、登記申請は却下されることになる(同法第四九条第八号)ところ、前記のとおり、本件第二事件は、登記申請の時点では登記義務者の権利に関する登記済証の添付がないにもかかわらず、その申請を却下することなく、前記の連件処理により登記がなされているので、かかる不動産登記法上明文の根拠規定の存しない取扱いが許容されるか否かについて検討する。

登記を申請する場合に、不動産登記法第三五条第一項第三号の規定により登記義務者の権利に関する登記済証の提出を要求している趣旨は、当該登記申請がその登記により登記上不利益を受ける登記義務者の了知しての真正なものであることを形式的に担保するためである。すなわち、先に登記権利者として登記を受け、その登記済証としてその者に還付され(同法第六〇条第一項本文)、従つてその保管しているべきものが、後にその者を登記義務者としての登記申請において提出されているならば、その登記申請は、その者の了知しての真正なものであることが形式的に推認されるからである。従つて、登記官の形式的審査の下においてかゝる登記済証の提出の趣旨を貫くには、登記の完了した場合にその登記済証を正に登記義務者の権利に関する登記済証として機能させることができるよう登記権利者(又はその代理人若しくは嘱託官公署)に還付すべきであつて(還付してこそ、その後においてその登記済証が登記義務者の権利に関する登記済証として提出された登記申請が登記義務者の了知しての真正なものと形式上推認することができるのである。)、登記官の手元に存する(還付してない)登記済証を登記義務者の権利に関する登記済証として提出されたものと取り扱うことは、一般的、観念的に言えば、登記済証提出の趣旨を没却するおそれなしとしない。

しかし、右のような登記済証の提出による登記申請の真正の担保は、形式的、観念的であり、また、登記済証の紛失等による他の者による登記済証の悪用もあり得ることから、登記済証の提出の有無のみによる登記申請の真偽の審査は、完全なものとはいえないことも否定し得ない。所有権の登記名義人が登記義務者として登記を申請する場合にその印鑑証明書の提出が求められているのも(不動産登記法施行細則第四二条)、かゝる登記済証のみによる不充分さを補うためである。

他方、不動産に関する取引は、安全迅速を尊び、その権利保全のための登記についても、その順位、すなわち登記申請の前後は、権利保全を左右するものであることはいうまでもない。こゝにかゝる要請に応えるものとして、同一不動産に関する登記申請について前記のようないわゆる連件処理なる取扱いが自然発生的に生れ、慣行化してきたものと思われる。例えば、不動産の購入資金が当該買受不動産を担保として貸し付けられる場合、その買受による所有権移転の登記がされて、ついで順位一番の抵当権設定の登記をすることとなるのであるが、順位一番の抵当権を絶対的安全に確保するためには、右の所有権移転の登記の完了直後、その登記権利者(買受人)を登記義務者とする抵当権設定の登記を申請することになるのであるが、この場合、右の二つの登記申請を連続してなし、右の連件処理がなされるならば、当事者にとつて権利保全に欠けるところがないわけであり、また、不動産の売買が転々となされ、いわゆる中間省略の登記ができない場合にも、それぞれの当事者の権利保全のために連件処理を前提として数個の売買登記の申請が連続してなされるのが、極めて好都合であることはいうまでもない。

従つて、登記義務者の権利に関する登記済証の提出の趣旨及びその実質的機能と登記申請人側の登記の順位保全の要請とを合理的に調整する登記実務上の取扱いとして、登記申請の真正の形式的な担保を損わない限りにおいて、いわゆる連件処理をすることは、特に違法とすべき理由がないものと解される。これを登記事務処理の手続から見れば、受付の連続する先の登記申請による登記が完了した場合、その登記権利者、すなわち受付の連続する後の登記申請の登記義務者(代理人による申請の場合は、同一の代理人)に還付すべき登記済証を、その後の登記申請について提出すべき登記義務者の権利に関する登記済証として、後の登記申請の瑕疵(登記済証の不提出)の補正、すなわち登記済証の提出があつたもの(先の登記申請の登記権利者又はその代理人が登記済証の還付を受けて、直ちに、後の登記申請の登記義務者又はその代理人として登記済証を提出してその申請の瑕疵を補正したもの)と取り扱うこととなるのであつて、このような連件処理がなされる限り、不動産登記法第四九条本文ただし書の規定により登記済証不提出の当該登記申請を却下することなく、適法なものとすることは、特に違法と目すべきではない。

3  次に、先順位の事件が裁判所の嘱託登記事件である場合にも、連件処理の取扱いが許容されるか否かについて検討する。

裁判所の登記嘱託に関しては、その性質上いわゆる出頭主義(不動産登記法第二六条第一項参照)を採つておらず従つて、嘱託書の郵送による嘱託がなされることになつているが、郵送による嘱託によると自ずと迅速な処理が阻害されることから、嘱託書類の郵送に代えて登記権利者(又はその代理人)を使者として嘱託書類を登記所に使送させる嘱託方法も慣行的に採られているのであつて、かかる方法による嘱託を特に違法とすべき何らの理由も見出せない。そして、この方法によるときは、登記完了の場合に、本来ならば登記所から裁判所に登記済証が還付され、それが裁判所から登記権利者に交付される(同法第六一条)のに比し、直接直ちに登記権利者(又はその代理人)に登記済証が登記所から還付される利便もあるわけであり、ここにいわゆる連件処理が可能になるのであつて、連続する一般の申請登記事件について許容されるいわゆる連件処理が、一は嘱託登記事件で他は一般の申請登記事件である場合に、これを許されないものと解すべき謂れは存しない。

そこで、本件第一事件と本件第二事件のいわゆる連件処理の適否について検討するに、前記認定のとおり、本件第一事件は、嘱託裁判所の使者として登記嘱託書類を登記所に提出したのが登記権利者(エージエンシー)の代理人司法書士佐瀬昭二郎であり、本件第二事件は、同人が登記権利者(栄木不動産)及び登記義務者(エージエンシー)の双方の代理人として、エージエンシーが競落により取得した本件土地を栄木不動産に代物弁済としてその所有権を移転するために申請したものであり、この両事件につき連件処理を求めているのであつて、登記官において本件第一事件の登記を完了した場合には、その登記済証を嘱託裁判所の使者である登記権利者エージエンシーの代理人佐瀬昭二郎に還付すべきものであり、本来ならばその還付を受けた右佐瀬が、同じく登記義務者エージエンシーの代理人としてその登記済証を、本件第二事件の申請書に添付すべき登記義務者の権利に関する登記済証として追完添付(補正)することとなるのであるが、その手数を省略して登記官が右のとおりの追完補正がなされたものとして取り扱い(連件処理を求めるのは正にかゝる取扱いを求めているのである。)、本件第一事件及び本件第二事件をいずれも適法なものとして登記を了したことが認められる。右の連件処理は、既述のように、登記義務者の権利に関する登記済証の提出の趣旨及びその実質的機能と登記申請人側の登記の順位保全の要請とを合理的に調整してなされたものであつて、登記申請の真正の形式的な担保を損うものではないから違法とすべき理由を見出せない。

4  控訴人は、本件第二事件については、その申請書に不動産登記法第四四条の規定による保証書を添付すべきである旨主張するが、同条は、既に登記義務者の権利について登記がなされ、その登記権利者に還付又は交付された登記済証が滅失した場合に、これに代わるものとしていわゆる保証書を提出すべきことを規定したものであり、この場合の「滅失」には、登記完了の場合の登記済証が登記義務者の権利に関する登記済証として登記申請に使用することが認められていないもの(例えば、債権者代位による登記の登記済証)である場合、換言すればその意味において不存在である場合又は登記官の職権による登記の場合の不存在も含まれるけれども、いずれにしてもその登記が既になされていることが前提であるから(そのことは、保証書の保証の内容として登記上登記義務者となつていることを要することからも明らかである。)、本件第二事件における登記義務者は、本件第一事件の登記未了の段階においてはその権利(所有権)の登記がなされていない以上、同条の規定は、その前提を欠き適用されるべきものでないから、右の控訴人の主張は採用できない。

また、控訴人は、本件第二事件の登記申請書には、不動産登記法施行細則第四四条の九第二項所定の本件第一事件の登記の登記済証を援用する旨の附記がないから、本件第一事件、本件第二事件について連件処理をしたのは違法である旨主張するが、本件は、本件第二事件の登記申請において、本件第一事件の登記申請書に添付された書類を援用しているものでないことは以上の説示によつて明らかであるから、右主張も採用することができない。

三  従つて、船橋支局登記官が、エージエンシーの申請により、本件土地につき栄木不動産のための所有権移転登記をした本件第二事件の登記手続に何ら違法な点は認められないので、右が違法であることを前提とする控訴人の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないので、棄却すべきであり、これと同旨の原判決は相当で、本件控訴は理由がないから、これを棄却することとし、控訴費用の負担につき民事訴訟法第九五条、第八九条の各規定を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 香川保一 越山安久 吉崎直彌)

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